■ 現代演劇暴論7「小休止」
よくよく考えたらLBって青年団リンクとか団合併してた「五反田団」とか「地点」だ。
かせきさいだぁ=前田司郎?
かせきさいだぁ「さいだー・ぶるーす」
あとそもそもなんで演劇とジャパニーズラップを対比するかという問題。
それはラッパーとは作家であり役者であり演出家であるという非常に希有な存在だからです。
作家として書きたいこと、自分ができるライミング、そして自分流HIP HOPの体現。
どんなに作家として優れていても、ライミング技術がなければ自分の歌詞をラップできません。
逆にどんなにライミングが上手くても歌詞が陳腐では相手にされません。
そしてトラックや作品の方向を自分で決め、自分で体現しなければいけません。
そこに一貫性がなく、行き当たりばったりで矛盾が起きれば「フェイク」と呼ばれる。
作家、役者、演出家、このどの要素が欠けても生き残れない。
ラッパーはひとり劇団みたいなものなのです。
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コメント
なるほど、ラップやラッパーの見え方がガラリと、
とっても新鮮に見えてきました
色々と聞かせてもらった中で「かせきさいだぁ」が僕はグッと来ます
現代詩の詩人は自作を読む際に、何かこう、おしりがムズムズするような、妙な抑揚をつけてパフォーマンスするのですが、「かせきさいだぁ」は詩のパフォーマンスであり、ぎりぎりでムズムズが無い、食べておいしい感じです
ギターがジョージハリスンみたいだった(おっさんですか?)
ラップが詩と繋がったので思いました
私は詩がとても好きです
しかし単に好きと言っている以上の生物学的な反応が自身にあり
「好き」と「嫌い」以外に「好きだけれど好きといえない」や、逆に「嫌いなのに嫌いといえない」というのがあります
ラップも演劇も「嫌いなのに嫌いといえない」という感じになりました
投稿: ヤマネコ | 2007/05/26 21:44